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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)125号 判決 1988年5月31日

原告 マルマンゴルフ株式会社

右代表者代表取締役 片山豊

右訴訟代理人弁護士 宇井正一

島田康男

弁理士 中山恭介

西岡邦昭

被告 特許庁長官 小川邦夫

右指定代理人 西村綾子

<ほか二名>

主文

特許庁が、昭和六一年四月一四日、同庁昭和五九年審判第二一七一二号事件についてした審決を取り消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第二請求の原因

原告訴訟代理人は、本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

一  特許庁における手続の経緯

原告は、昭和五三年一二月二八日、名称を「アイアンクラブセット」とする考案について実用新案登録出願(昭和五三年実用新案登録願第一八〇一〇一号)をしたところ、昭和五九年九月一九日拒絶査定を受けたので、同年一一月二九日これを不服として審判の請求(昭和五九年審判第二一七一二号事件)をし、昭和六〇年一月四日付手続補正書により明細書の考案の詳細な説明の欄の一部を補正したが、昭和六一年四月一四日、「本件審判の請求は、成り立たない。」旨の審決(以下「本件審決」という。)があり、その謄本は、同年五月一〇日原告に送達された。

二  本願考案の要旨

各番手のアイアンヘッド(1)のバックデザイン部(3)周囲に枠部(4)を形成すると共に、中央部にフェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成し、この凹部(5)のバックデザイン部(3)全体に対する面積比をショートアイアン(/c)からロングアイアン(/a)になるに従い徐々に広くしたことを特徴とするアイアンクラブセット。(別紙図面(一)参照)

三  本件審決理由の要点

本願考案の要旨は、前項記載のとおり(明細書の実用新案登録請求の範囲1の記載に同じ。)と認められるところ、原査定の拒絶理由に引用された実公昭五三―二八八号実用新案公報(以下「引用例」という。)には、従来のアイアンクラブのヘッドが横方向にほぼ均一の厚さであったため、打球の際に球がクラブの打球面の中心、すなわち、重心の位置(いわゆるスィートスポットに相当する。)に当たった場合とはずれた場合とでは飛距離に著しい相違があり、はずれた場合には飛距離が低下するという欠点があったが、このような従来技術の欠点を改良するためにスィートスポットを拡大することを目的として、打球面の裏面の周囲に枠状の突状体3を設けて打球面の周囲の一定の幅を厚くし、中心の一定部分を均一に薄くする構成を採用し、その結果として、打球に際しボールがクラブヘッドの打球面の中心部に当たらない場合でも、すなわち、クラブヘッドの打球面の端の方に当たった場合でも中心部に当たった場合とほぼ同様の飛距離を出させることができるという効果を有するものが記載されている。(別紙図面(二)第1図及び第4図参照)

本願考案と引用例記載のものとを対比すると、本願考案は、アイアンヘッド(1)のバックデザイン部(3)周囲の枠部(4)を形成するとともに、中央部にフェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成した点で引用例記載のものと共通であるが、各番手のアイアンヘッドの凹部(5)のバックデザイン部(3)全体に対する面積比をショートアイアン(/c)からロングアイアン(/a)になるに従い徐々に広くしたことを特徴とするアイアンクラブセットの点で引用例記載のものと相違する。

そこで、前記相違点について検討するに、一般にゴルフクラブのヘッドにおいて、スィートスポットが小さいほど効率よくヘッドの運動をボールに伝えることができるため、正確にスィートスポットに当てた場合とはずした場合とでボールの飛距離や飛ぶ方向の正確性に大きな差があることが知られている。このようなクラブは上級者にはよいが、初心者にとってはロングアイアンになるほどスィートスポットに正確に当てることが困難になり、失敗が多かった。そこで、スィートスポットを拡大したヘッドが開発され、スィートスポットの中心を多少はずしてもある程度の飛距離と方向の正確性が得られるという特徴をもつことが本願考案の実用新案登録出願前に知られていた。しかし、ショートアイアンにおいては、初心者にとってもスィートスポットに正確に当てることがロングアイアンより容易であるから、スィートスポットを特に拡大する必要性は少なく、かえって従来のスィートスポットの大きさに近いものの方が、正確に当たった場合に効率よくヘッドの運動をボールに伝えることができるという本来の性質を有することになり、ボールの飛距離の微妙なコントロールも容易となることは、当業者にとっては十分に予測できることである。そうであれば、引用例記載のものにおいて、枠部がヘッドの周囲に偏在するほど、すなわち、凹部が大きくなるほどスィートスポットが拡大するのであるから、引用例記載のものを各番手のアイアンヘッドに適用する際に、凹部のバックデザイン部全体に対する面積比をショートアイアンからロングアイアンになるに従い徐々に広くして本願考案のアイアンクラブセットを構成することは、当業者が極めて容易になし得ることである。しかも、本願考案の構成による格別の効果も認められない。

したがって、本願考案は、引用例に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案することができたものであるから、実用新案法第三条第二項の規定により実用新案登録を受けることができない。

四  本件審決を取り消すべき事由

引用例に本件審決認定の事項が記載されていること、及び本願考案と引用例記載のものとの間に本件審決認定の相違点があることは認めるが、本件審決は、本願考案における「中央部にフェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成し」という構成の技術的意義を誤認した結果、本願考案と引用例記載のものとの一致点の認定を誤り、前記相違点のほかに相違点が存する点を看過し、更に、本願考案の奏する顕著な効果を誤認し、ひいて、本願考案は引用例に記載された考案に基づいて極めて容易に考案をすることができたものであるとの誤った結論を導いたものであって、違法として取り消されるべきである。すなわち、

1  本願考案と引用例記載のものとの一致点の認定の誤りについて

本願考案は、「各番手の凹部のフェース面との肉厚が一定」であること、つまり、「各番手の凹部のフェース面との肉厚が、各番手を通じて一定」であることをその構成要件とするものであって、このことは、本願考案が単一のゴルフクラブの構造に関する考案ではなく、セットとしての構造についての考案であること、本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲1の文頭に、「各番手のアイアンヘッド」と明記されていること、更には、考案の詳細な説明の欄に、「この凹部5とフェース面2との肉厚は各番手とも同一であり」、「第1実施例及び第2実施例の各アイアンヘッド1はバックデザイン部3とフェース面2とのなす肉厚Tを同一に形成し」、「本考案は上述の如く、各番手のアイアンヘッドのバックデザイン部周囲に枠部を形成すると共に、中央部にフェース面との肉厚が一定の凹部を形成し」と記載されていることから明らかである。しかるに、本件審決は、右の点について、前記構成は、各番手のアイアンヘッドのバックデザイン部の中央部に、フェース面との肉厚が一定の、つまり、各番手ごとに一定の凹部を形成するという趣旨であると誤認したうえで、本願考案と引用例記載のものとは、中央部にフェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成した点で共通する旨認定判断したものであって、右認定判断は誤りである。被告は、この点について、本願考案の「中央部にフェース面との肉厚が一定の凹部を形成し」とは、「個々のアイアンヘッドにおいて、中央部に板状の凹部を形成し」という構成を意味するとしたうえで、原告主張のように、各番手の凹部のフェース面との肉厚(T)が各番手を通じて一定という趣旨に解すると、「板状」の意味に理解することができなくなる旨主張するが、本願考案の明細書のどこにも「板状」という記載はなく、しかも、前述のとおり、「肉厚(T)が一定」とは、各番手を通じて一定の意味に解することによって構成要件としての意味を有するものであって、被告の右主張は、失当である。

2  相違点の看過について

本願考案は、セットとしてのアイアンゴルフクラブの構造についての考案であって、各番手を通じて凹部のフェース面との肉厚が一定とされ、更に、凹部のバックデザイン部全体に対する面積比をショートアイアンからロングアイアンになるに従い徐々に広くしたことを特徴とするのに対し、引用例記載のものは単一のゴルフクラブの構造についての考案であって、各番手を通じての構造についての記載はないという相違点があるが、本件審決は右相違点を看過したものである。

3  作用効果の誤認について

本願考案は、各番手を通じて肉厚(T)を一定に形成するという構成を採用することにより、重心深度file_2.jpgPGを近似させているので、「ボールがスィートスポットPを外した時に生ずるサイドスピンNをセットで近似させることができる」という格別な効果を奏するものであるが、本件審決は、この点について何ら検討を加えることなく、「本願考案の構成による格別な効果も認められない」との誤った認定判断をしたものである。被告は、この点について、「肉厚が各番手を通じて一定」という構成の効果は、実施例の効果として記載されているにすぎず、本願考案の構成に基づく効果としては記載されていない旨主張するが、本願考案の明細書においては、本願考案の説明と実施例の説明とが分離されておらず、実施例を利用して本願考案の説明をしており、また、明細書の第五頁第一六行には、「本考案は上述の如く」と、それまで述べたことを本願考案の説明としているのであるから、被告の右主張は失当である。また、被告は、本願考案に係るアイアンヘッドについて、歯車作用は起こらない旨主張するが、いわゆる歯車作用はスィートスポット(ヘッドの重心Gからフェースに垂線を引き、垂線がフェースと交わる点)と重心とが離れていることから生ずる作用であって、このことは、ウッドクラブでもアイアンクラブでも同じであり、ただ、一般的にアイアンクラブのヘッドは、ウッドクラブのヘッドに比べて厚みが薄いので、いわゆる歯車作用がウッドクラブほど顕著ではないといえるにすぎない。アイアンヘッドにおいても、スィートスポットと重心が離れている以上(その離れ方は、それぞれのアイアンヘッドでも異なる。)、いわゆる歯車作用は生ずるのであって、アイアンクラブの打撃感、使用感に微妙な影響を与えるものである。被告の右主張は、歯車作用が生ずるか否かの問題と生ずる程度の問題とを区別せず、大雑把な主張を展開するもので、失当である。また、被告は、本願考案の明細書の考案の詳細な説明の欄に、「重心深度file_3.jpgPGを近似させている」と明記してあるにもかかわらず、アイアンヘッドの重心深度file_4.jpgPGはごく浅いものであるから、セットの各番手を通じて重心深度の差は本来それほど大きいものではなく実質的に同一である旨主張するが、一方において重心深度に影響を与える要因として、枠部とフェース面との肉厚Lを挙げ、この肉厚Lに差異があるから重心深度は同一になり得ないと断定しており、右主張の間には、論理的一貫性が欠除しており、失当である。

第三被告の答弁

被告指定代理人は、請求の原因に対する答弁として、次のとおり述べた。

一  請求の原因一ないし三の事実は、認める。

二  同四の主張は、争う。本件審決の認定判断は正当であって、原告主張のような違法の点はない。

1  同四1の主張について

本願考案がアイアンゴルフクラブのセットの構造に関する考案であることは認めるが、本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲1には、「各番手の凹部のフェース面との肉厚が一定」との記載はなく、右実用新案登録請求の範囲の記載を句読点のとおりに読めば、第一節の「各番手の」は第二節の「一定の」を修飾するものではないから、第二節は個々のアイアンヘッド、つまり単一のアイアンヘッドにおいて中央部にフェース面との肉厚が一定の、すなわち板状の凹部を形成し、という構成を意味するのである。もし、この第二節を原告が主張するように、各番手の凹部のフェース面との肉厚(T)が各番手を通じて一定(同一)という意味であると解すれば、「板状」の意味を理解することはできなくなる。そして、本願考案の明細書の考案の詳細な説明の欄中、「肉厚は各番手とも同一」、「各アイアンヘッド1はバックデザイン部3とフェース面2とのなす肉厚Tを同一に形成し」との記載は、実施例についての説明であって、実用新案登録請求の範囲に特定されているものではない。一方、本願考案の明細書における本願考案の目的、効果に関する記載には、肉厚は各番手とも同一という記載はなく、「肉厚が一定」とそれぞれ記載されているにすぎない。ちなみに、本願考案の明細書においては、「同一」という用語が、「従来のアイアンクラブセットは、各クラブのクラブ長さが異なっていてもヘッドのバックデザインが同一に形成されており、各クラブのスィートスポットは、ほとんど同一の広さを有し」と二箇所で用いられているが、いずれも、「各番手とも同一」の意味で用いられており、このような本願考案の明細書における「同一」と「一定」の使い方を総合的に考えると、それらは異なる意味に使い分けられていると解さざるを得ない。とすれば、本願考案の明細書の実用新案登録請求の範囲1に記載された「一定」を「各番手とも同一」の意味に解することはできない。

2  同四2の主張について

セットは、単一のものを組み合わせて成るものであるから、本願考案のアイアンゴルフクラブセットは、セットを構成する単一のアイアンクラブの構成、及びそれをどのように関係付けて組み合わせるかが、その構成要件となる。本願考案の実用新案登録請求の範囲1において、その単一のアイアンクラブの形状についての特徴を記載した箇所は、「各番手のアイアンヘッド(1)のバックデザイン部(3)の周囲に枠部(4)を形成すると共に、中央部にフェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成し」という箇所であり、セットとしての特徴を記載した箇所は、「この凹部(5)のバックデザイン部(3)全体に対する面積比をショートアイアン(/c)からロングアイアン(/a)になるに従い徐々に広くしたことを特徴とするアイアンクラブセット」という箇所であるところ、本件審決は右のセットとしての特徴を記載した箇所を相違点として認定しており、原告が主張する相違点を看過した事実はない。

3  同四3の主張について

本願考案の明細書の第五頁第一六行ないし第六頁第七行には、「肉厚が一定」という記載はあるが、「各番手を通じて肉厚が一定」という記載はなく「各番手を通じて肉厚が同一」という構成による効果も記載されていない。更に、本願考案の明細書の第四頁第一九行ないし第五頁第一五行には、「ボールがスィートスポットを外れた時に」は、「ボールには歯車作用によりサイドスピンNが生じる」、「重心深度file_5.jpgPGを近似させているので、……サイドスピンNをセットで近似させることができる」旨記載されているが、ボールがスィートスポットを外れてインパクトされたときに生じる歯車作用、すなわち、球筋が曲がる程度のスライス又はフックのサイドスピンを起こす作用は、フェースとヘッドの重心が離れているから起こるもので、ウッドクラブに特有の作用であり、アイアンクラブのように、フェースの面と重心がほぼ一致しているクラブでは、フェースのどの場所でボールをとらえても、球筋が曲がる程度のサイドスピンは起こらないということが知られているのであるから、本願考案に係るアイアンヘッドにおいても、歯車作用によるそうしたサイドスピンNは生ぜず、サイドスピンによる軌道修正効果も期待できない。また、「重心深度file_6.jpgPGを近似させている」との点についても、前述のとおり、アイアンヘッドの重心深度file_7.jpgPGはごく浅いものであるから、アイアンクラブセットの各番手を通じて重心深度file_8.jpgPGの差は、それほど大きいものではなく、実質的に同一である。したがって、本願考案の明細書にいう「近似」は「同一」の意味であると解される。ところで、各番手を通じて肉厚(T)を同一にしたアイアンクラブセットにおいて、重心深度file_9.jpgPGに与える要因は、肉厚(T)のほかに枠部とフェースとの肉厚Lがある。本願考案の願書添付の図面における第1図ないし第6図のA―A'における断面だけをみても、個々のヘッドにおける肉厚L(l1とl2、l3とl4)は同一ではなく、各番手を通じて肉厚L(l1ないしl4)も同一ではない。更に、これらのヘッドにおける他の断面、例えばB―B'、C―C'における断面形状として別紙図面(三)に示すようなものが考えられるが、これらの断面図にみられる各所の肉厚L(l5ないしl10)には、かなりの差がある。してみれば、たとい肉厚(T)をセットで同一にしたとしても、肉厚Lにこのような差があるから、ヘッドの重心深度file_10.jpgPGは、セットで同一にはなり得ない。そして、枠部の材料を特に比重の大きいものにすると、これらの肉厚Lの差は、重心深度file_11.jpgPGに更に大きい影響を与えることになる。したがって、本願考案の明細書に記載された前記効果を本願考案の効果として主張することは誤りであって、本件審決の本願考案の効果についての認定判断に誤りはない。

第四証拠関係《省略》

理由

(当事者間に争いのない事実)

一  本件に関する特許庁における手続の経緯、本願考案の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであることは、本件当事者間に争いがないところである。

(本件審決を取り消すべき事由の有無について)

二 本件審決は、次に説示するとおり、本願考案における「フェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成し」という構成の技術的意義を誤認した結果、本願考案と引用例記載のものとの一致点の認定を誤り、相違点を看過した結果、本願考案は引用例に記載された考案に基づいて極めて容易に考案をすることができたものであるとの誤った結論を導いたものであって、この点において、違法として取り消されるべきである。

前示本願考案の要旨に《証拠省略》を総合すれば、本願考案はアイアンクラブセットの改良に関する考案であって、従来のアイアンクラブセットは、各クラブのクラブ長さが異なっていても、ヘッドのバックデザインが同一に形成されており、各クラブのスィートスポットはほとんど同一の広さを有し、更に、ショートアイアンからロングアイアンになるに従ってスィートスポットでの打撃確率が低下するために、特に初心者の場合、ロングアイアンになるほど方向性が安定しないという欠点があり、一方アイアンクラブのヘッドのスィートスポットを拡大する手段は実公昭五三―二八八号実用新案公報(引用例)により公知であったが、アイアンクラブセットにおいて各クラブにこの手段を適用すると、ロングアイアンにおいては、従来に比べてボールの飛びの方向性がよくなるという効果が得られるが、ショートアイアンにおいては、ロングアイアンと同様にスィートスポットを拡げると、ボールの飛距離の微妙なコントロールが難しくなるという問題が生じることから、本願考案はこれらの問題点にかんがみ、バックデザイン部の周方向にウェイトを移動させ、スィートスポットをショートアイアンからロングアイアンになるにしたがい徐々に広くし、クラブ長さの違いによるスィートスポットでの打撃確立を向上させ、初心者が使用してもロングアイアンにおけるボールの飛びの方向性及び飛距離が安定するとともに、ショートアイアンにおけるボールの飛距離の微妙なコントロールが容易になるアイアンクラブセットを提供することを目的として、本願考案の要旨(実用新案登録請求の範囲1の記載と同じ。)のとおりの構成を採用したもので、右構成を採用したことにより、所期の効果を奏し得たものと認められる。他方、引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていることは原告の認めるところである。

ところで、本件審決は、本願考案と引用例記載の考案とは、アイアンヘッド(1)のバックデザイン部(3)周囲に枠部(4)を形成するとともに、中央部にフェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成した点で一致する旨認定判断するところ、原告は、右認定判断は誤りである旨主張するので検討するに、《証拠省略》によれば、本願考案の明細書の考案の詳細な説明の欄には、「フェース面との肉厚が一定」という構成とセットとしてのアイアンクラブとの関係について、実用新案登録請求の範囲の記載と同一の「フェース面との肉厚が一定の凹部を形成し」との記述があるだけで、他に、右構成についての一般的な記述はないが、実施例1の説明中に、「この凹部5とフェース面2との肉厚は各番手とも同一であり」との記述が、また、実施例1及び実施例2の説明中に、「各アイアンヘッド1はバックデザイン部3とフェース面2とのなす肉厚を同一に形成し」との記述が存するほか、実施例1及び実施例2の説明を受けて、「本考案は上述の如く、各番手のアイアンヘッドのバックデザイン部周囲に枠部を形成すると共に、中央部にフェース面との肉厚が一定の凹部を形成し」との記述が存することが認められ、右各記載を総合すると、本願考案の明細書においては、本来考案の構成として記述されるべき事項が、第1実施例及び第2実施例における凹部の構造として記述されているものと解するのを相当とし、実施例の説明中における前記記述をもって単に実施例についての記述と解することはできないから、本願考案における「フェース面との肉厚が一定」という構成は、「フェース面との肉厚が各番手を通じて一定」であるということを意味しているものと認められ、このことは、本願考案の前示実用新案登録請求の範囲1の文言自体からも肯認することができる。この点について、被告は本願考案の実用新案登録請求の範囲1の記載を句読点のとおりに読めば、第一節の「各番手の」は第二節の「一定の」を修飾するものではないから、第二節は個々のアイアンヘッド、つまり単一のアイアンヘッドにおいて中央部にフェース面との肉厚が一定の、すなわち板状の凹部を形成し、という構成を意味するものである旨主張するが、右登録請求の範囲1の文言記載自体からも被告主張のように解しなければならない合理的な理由はなく、また、本願考案の明細書には、前認定説示のとおり、実施例1及び実施例2の説明を通じて右肉厚が各番手のアイアンクラブを通じて同一であることが記述されており、しかも、《証拠省略》を精査するも、「肉厚が一定」という構成が被告主張のとおりのものであることを裏付ける記述が存するものとは認められないから、被告の右主張は、採用することができない。また、被告は、本願考案の実用新案登録請求の範囲1においては、「肉厚が一定」とされているのに対し、明細書の考案の詳細な説明の欄中実施例1及び実施例2の説明中では「肉厚が同一」であるとして、両者の用語を区別しているから、両者は異なる意味に用いられている旨主張するが、本願考案の明細書には、「肉厚が一定」という構成を定義づける記載はなく、また、「肉厚が一定」という構成と「肉厚が同一」という構成とが実質的に異なる構成であると解すべき特段の理由もなく、また、「肉厚が一定」という用語を「肉厚が各番手を通して同一」の意味に解しても何ら不合理が生ずるものでないから、右主張も採用することはできない。

そうだとすれば、本件審決は、本願考案における「フェース面との肉厚が一定」という構成の有する技術的意義を誤認した結果、本願考案が各番手のアイアンクラブのヘッドのバックデザイン部の中央部にフェース面との肉厚が各番手を通じて一定の凹部を形成しているのに対し、引用例記載の考案は、アイアンクラブ単体の考案であって、各番手のアイアンヘッドに共通するそうした構成が存しないという相違点を看過し、本願考案と引用例記載のものとは、フェース面(2)との肉厚(T)が一定の凹部(5)を形成した点で一致する旨認定判断したものであって、右認定判断が誤りであることは明らかである。そして、《証拠省略》によれば、本願考案の奏する前記認定の効果は、本願考案の「各番手のアイアンヘッド(1)のバックデザイン部(3)周囲に枠部(4)を形成すると共に、中央部に……凹部(5)を形成し、この凹部(5)のバックデザイン(3)全体に対する面積比をショートアイアン(/c)からロングアイアン(/a)になるに従い徐々に広く」するという構成と、右凹部(5)の「フェース面との肉厚(T)が一定」という構成、すなわち、フェース面との肉厚(T)を各番手を通して一定(同一)とするという構成とが相まって生ずるものと認められるところ、引用例には、本願考案のフェース面との肉厚(T)を各番手を通して一定(同一)とするという構成を示唆する記載並びに右二つの構成が相まって前記認定の効果を奏することを予測し得るに足りる記載があると認めることもできないから、前記認定判断の誤りが本件審決の結論、すなわち、本願考案は引用例に記載された考案に基づいて当業者が極めて容易に考案をすることができたものであるとする本件審決の結論に影響を与えることは明らかであって、本件審決は、その余の点について判断するまでもなく、違法たるを免れない。

(結語)

三 以上のとおりであるから、叙上の点に判断を誤った違法のあることを理由に、本件審決の取消しを求める本訴請求は、理由があるものということができる。よって、これを認容することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法第七条及び民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 武居二郎 裁判官 川島貴志郎 小野洋一)

<以下省略>

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